AIエージェント属人化解消、59人全社導入で700件のスキル共有
エクスペリサスが59人全員にClaude Codeを導入し、社員の手順を「スキル」として蓄積・共有する仕組みを整えました。属人化を防ぐ設計と、非エンジニアの活用実態を整理します。
この記事でわかること
- AIエージェントという言葉の意味を、実例ベースでどう捉えるか
- いまの仕事に置き換えたとき、どこから使い始めるとよいか
- 次に読むべき関連記事が、料金・導入・全体像のどこにあるか
「AIツールを導入したのに、使いこなせるのは一部の人だけ」。この壁に心当たりのある方は多いと思います。導入研修をやっても、数か月後には「結局あの人しか触っていない」状態に戻ってしまう。AIエージェント導入の相談を受けるたびに、僕はこの話を何度も耳にしています。
2026年9月3日、この壁への具体的な答えを、渋谷の小さな旅行体験企業が公開しました。エクスペリサス株式会社です。社員・業務委託メンバー計59名を対象にClaude Codeを全社導入しました。社員一人ひとりの「うまくいった手順」を、AIが直接実行できる形で全社共有する仕組みを作った点が特徴です。
この記事では、公開された数字と仕組みを整理しながら、同じ発想を自分のClaude Code環境でも実際に試してみます。
導入後に「結局使えない」問題はなぜ起きるのか
AIツールの導入プロジェクトで、これまで何度も聞いてきた話があります。導入初日は盛り上がる。研修も丁寧にやる。それなのに3か月後には、使っているのは情シス担当と一部の若手だけになっている、というパターンです。
たとえば、ある企業の営業部門を想像してみてください。研修直後は全員が同じようにChatGPTやClaude Codeを開いて試します。ところが2週間もすると、提案書のたたき台を毎回AIに作らせて時短している人と、相変わらず白紙から手打ちしている人にはっきり分かれていきます。前者は同じ質問でも「どんな条件を先に伝えれば的確な答えが返るか」を、経験から学び取りました。後者はその経験を積む機会がないまま、忙しさに押されて元のやり方に戻ってしまいます。
原因は明確です。AIの使い方がうまい人と苦手な人の差が、そのまま業務の成果差になってしまうからです。コツをつかんだ人は驚くほど早く仕事を終わらせる一方、よく分からないまま使っている人はチャットに質問を投げて終わり、という状態から抜け出せません。この差は、放置しても自然には縮まらないのが実情です。むしろ、うまい人はどんどん使い込んで上達し、苦手な人は使わなくなる分だけ差が開いていきます。
この差は、マニュアルを配るだけでは埋まりません。マニュアルは人間が読んで、自分の頭で手順を再現するための文書です。読んだ人の理解力やその日の集中力によって、再現の精度がばらつきます。ここで気になるのが、「では研修の回数を増やせば解決するのか」という疑問です。実際には、研修の回数と定着率は必ずしも比例しません。研修で学んだ手順を自分の業務に翻訳し直す作業を、結局は一人ひとりが自力でやらなければならないからです。
AI導入PoC止まり88%の壁でも触れましたが、多くの企業が実証実験の段階で足踏みしています。理由の多くも、一部の人だけがうまく使えている状態を全社の仕組みに広げられないことにありました。属人化した成功体験を、どうやって他の人にも渡すか。この問いに対して、エクスペリサスが今回示したのは、この壁を「マニュアルを配る」のではなく「AIが直接実行できる手順を配る」という発想で越える方法でした。

59人の旅行体験企業が全員にClaude Codeを配った理由
エクスペリサス株式会社は、東京都渋谷区に拠点を置く企業です。国内外の富裕層向けに、世界遺産や美術館を貸し切った文化体験プランを提供する「コト事業」を展開しています。「100年先へ、文化が受け継がれる仕組みを創る」を掲げ、日本文化の継承と地方創生を事業の軸に据える会社です。旅行会社というより、文化継承の仕組みづくりを手がける企業という言い方のほうが実態に近いようです。
エクスペリサス株式会社の発表(PR TIMES、2026年9月3日付)によると、全社研修が実施されたのは2026年7月から8月にかけてです。社員・業務委託メンバー計59名を対象にClaude Codeを全社導入し、社員作成の業務スキル700件超を社内で共有していると発表しました。特定の部門やエンジニア職に絞らず、経営陣を含む全メンバーを対象にした点がまず目を引きます。
なぜ、旅行や文化体験を扱う会社が、開発者向けのイメージが強いClaude Codeを全社に配ったのか。理由は、Claude Codeが単なるコーディングツールではなく、業務手順を理解して実行できる汎用のAIエージェントだからです。契約書のチェック、リサーチ資料の作成、顧客向け提案書のたたき台づくりといった非エンジニアの日常業務にも、そのまま使える設計になっています。世界遺産の貸し切りプランを企画する担当者が、過去の成功事例を横断的に検索して提案資料に落とし込む、といった業務にも応用できるわけです。
規模の違いにも触れておきます。以前紹介したみずほFGが40人・25本並行開発の事例があります。大手金融機関がエンジニア中心にClaude Codeを展開したケースでした。一方エクスペリサスは59名という小規模な組織で、しかもエンジニア職に限定せず全メンバーへ配った点が対照的です。組織の規模が小さいからこそ、全員導入という思い切った判断がしやすかったという見方もできます。
同社が力を入れたのは、導入した後の運用設計でした。研修だけで終わらせず、社員それぞれが見つけた「うまくいくAIの使い方」を個人の頭の中に留めない仕組みを、同時に整えたのです。ここで終わっていたら、他社の全社導入事例と大きな違いはなかったはずです。差がついたのは、次に説明する「スキル」という仕組みを併せて作った点にあります。
想像しやすいように、具体的な業務で考えてみます。エクスペリサスのようなコト事業会社では、富裕層向けの体験プランを企画する担当者がいます。過去の成約事例や顧客の好みの傾向をリサーチしてから提案資料を作る作業が、日常的に発生します。この手順は、担当者ごとに調べ方も資料の作り込み方もばらつきやすい業務です。全員に同じClaude Codeを配るだけでは、結局は個人の使い方の巧拙がそのまま資料の質に反映されてしまいます。エクスペリサスが目指したのは、この巧拙の差そのものをなくすことでした。

「スキル」という仕組みが属人化を壊すからくり
ここからが、この事例の核心部分です。エクスペリサスが構築したのは、社員が業務でうまくいった手順を「スキル」として蓄積し、社内の共有基盤に登録・検索できる仕組みでした。
スキルという言葉だけ聞くと、マニュアルと何が違うのか分かりにくいかもしれません。決定的な違いは、読む主体です。従来のマニュアルは、人間が読んで手順を理解し、自分の手で再現するための文書でした。エクスペリサスのスキルは、他の社員が使っているAIエージェント自身が読み込み、そのまま実行できる形式で書かれています。
具体的にイメージすると分かりやすくなります。ある社員が、顧客向け提案書のリサーチ手順を何度も試行錯誤して確立したとします。従来なら、その手順はその社員の頭の中と、せいぜい共有フォルダの走り書きにしか残りません。他の社員が同じ品質の提案書を作ろうとしても、書いた本人に聞くか、一から自分で試行錯誤するしかない状態でした。異動や退職でその社員がいなくなれば、コツごと組織から消えてしまいます。
スキルとして登録すれば話は変わります。別の社員が自分のClaude Codeでそのスキルを呼び出すだけで、確立済みの手順をAIがそのまま実行してくれます。属人化していたコツが、組織の共有資産に変わる瞬間です。僕はこれを、以前Claude Skills260個運用の明暗という記事で取り上げました。Claude Codeの「Skills」機能そのものだと理解しています。あのときは個人利用と企業利用で明暗が分かれる様子を書きましたが、エクスペリサスの事例は企業利用側を全社規模で徹底した実例だといえます。
ここで気になるのが、スキルはどうやって「使うべき場面」を判断しているのかという点です。仕組み上は、社員が自分の業務内容をAIに伝えると、共有基盤に登録済みのスキルの中から近いものを検索します。該当するものが見つかれば、AIがそのまま呼び出して実行する流れになっているとみられます。人間が「どのマニュアルを読めばいいか」を自分で探す手間を、AI側の検索に肩代わりさせている格好です。
エクスペリサス株式会社の発表によると、プレスリリースの見出しでは「700件超」とされていました。内訳として、2026年8月末時点で45名が743件のスキルを登録していたことも公開されています。あわせて127体の業務別AIエージェントが構築されていたことも分かりました。汎用的な一つのAIを全員に配るのではなく、部署や役割、手順の単位でエージェントを分けて育てる方向へ進んでいることが分かります。この127体という数字は、note.com「国内AIエージェント動向」(森本泰仁氏、2026年9月4日号)でも、国内企業の先進事例として紹介されていました。
45名という登録者数は、対象59名のおよそ76%にあたります。全員がスキルを登録しているわけではないという点も、正直に見ておくべきところです。それでも、残る14名が登録済みのスキルを利用する側に回っているだけでも、恩恵は組織全体に及びます。スキルを作る人と使う人が分かれていて構わない、という設計思想がここには表れています。

数字が語る定着度、非エンジニアの53%が使い続けた理由
仕組みを作っただけでは、本当に定着したかは分かりません。ここで参考になるのが、研修後にエクスペリサスが実施した社内アンケートの結果です。
エクスペリサス株式会社の発表によると、非エンジニア職の53%が日常的にClaude Codeを使用しているとのことです。そのうち69%が「同じ成果を出すまでの時間が半分以下になった」と回答しています。研修を受けた全員が使い続けているわけではないという数字の出し方に、誠実さを感じました。
なぜ半数近くまで定着したのか。理由は、スキル共有の仕組みそのものにあると考えています。AIの使い方が得意でない人でも、誰かが登録した実績のあるスキルを呼び出せば、いきなり質の高い成果物にたどり着けます。ゼロから試行錯誤する必要がなくなるので、難しそうだから触らないという最初のハードルが下がるわけです。先ほどの営業部門の例でいえば、白紙から手打ちしていた人が、同僚の登録したスキルを呼び出すだけで提案書のたたき台にたどり着ける状態に近いはずです。
一方で、47%はまだ日常的には使っていないという見方もできます。この数字を過大評価するのは危険です。59名全員が同じように恩恵を受けているわけではなく、あくまで研修後の一時点でのアンケート結果だという前提を、読む側も忘れてはいけません。業務の性質上、日々の定型作業が少ない職種では、そもそもスキルを呼び出す場面自体が少ない可能性もあります。
他社の一般的な数字と比べても、この53%という水準は低くありません。AI導入PoC止まり88%の壁で紹介した企業調査があります。そこでは、実証実験を終えても実際の業務に定着した割合は一部の企業にとどまっていました。研修を実施した企業全てが、非エンジニア職の過半数に日常利用まで到達させられているわけではありません。この現状を踏まえると、エクスペリサスの53%は、規模の小ささを差し引いても健闘している数字だと考えられます。
それでも、69%が体感している「時間が半分以下」という変化は、業務の中身次第では相当な余力を生みます。リサーチや資料作成に毎日2時間かけていた人が1時間で終わるようになれば、残りの1時間を顧客対応や企画の検討に回せます。属人化を解消する取り組みが、最終的には一人ひとりの時間の使い方まで変えている構図が見えてきます。数字だけを追うと「53%」という中途半端な達成率に見えるかもしれません。ただ、非エンジニア職に限定した数字だという点を踏まえると、決して低い水準ではないと僕は感じています。
自分のスキルを一つ登録して、共有の効果を試した
ここまでは企業の事例です。一人でClaude Codeを使っている立場として、同じ発想がどこまで自分の環境で再現できるか試してみました。試したことのないものは記事にしない、というのが僕の基本方針です。
試したのは、記事の一次ソース確認でいつも行っている「複数メディアの情報を突合して信頼度を判定する」手順です。これまでは毎回、検索して読んで自分の頭で判断する日々でした。今回、この判断基準をClaude Codeのスキルとして書き出し、次の記事でそのまま呼び出せる形にしてみました。
具体的な内容は、判断基準をまとめたテキストファイル一つです。中身は、一次情報と二次情報の見分け方、発表元企業名を必ず明記すること、推計値と確定事実で言葉遣いを変えることの3点です。これまで頭の中でやっていた基準を、箇条書きにしただけの素朴なものです。それをClaude Codeが読み込める場所に置き、次に新しいニュースを調べるときに呼び出してみました。
結果は、正直に言うと半分成功、半分反省でした。うまくいったのは、スキルを呼び出した瞬間に、これまで無意識にやっていた判断基準をAIが一貫した手順で適用してくれた点です。一次情報と二次情報の区別、発表元の明記、推計と確定事実の言葉遣いの使い分けを、毎回頭の中で思い出す手間が減りました。作業のたびに基準がぶれるということも、いまは起きていません。
反省点もあります。最初にスキルとして書き出した手順が粗すぎて、判断に迷うケースでは、狙い通りには機能しなかったのです。たとえば、複数の情報源で数字が食い違っているときにどちらを優先するか、という条件分岐を最初は書いていませんでした。その場面ではAIが判断に迷い、結局僕が横から指示を出す羽目になったわけです。エクスペリサスの743件という数字を見て、最初は「そんなに必要なのか」と思っていました。実際に自分で一つ作ってみると、粗い手順を何度も磨き直して初めて実用レベルになったという実感があります。743件という数字の裏には、それだけの試行錯誤が積み上がっているはずです。
一人での実験なので、複数人での共有効果までは確認できていません。それでも、頭の中にあるコツをAIが実行できる形に書き出すという最初の一歩だけで、業務の再現性は目に見えて上がりました。次に別の記事を書くとき、同じ判断基準をゼロから思い出す必要がないというだけでも、心理的な負担はかなり軽くなっています。

自社で再現するなら何から始めるべきか
エクスペリサスの事例を、規模の違う会社にそのまま当てはめようとすると、情報量が多くて動けなくなります。判断軸を絞って、今週動ける一歩に落とし込みます。
絞り込みの軸は3つです。従業員規模、非エンジニアの比率、そして社内にすでにAIを使いこなしている「コツを持った人」がいるかどうかです。数十人規模で非エンジニアの比率が高い会社ほど、エクスペリサスの仕組みがそのまま参考になります。エンジニアが中心の組織であれば、スキル共有よりも先に、個々人の使い方のばらつきを可視化するほうを優先すべきです。数百人を超える規模であれば、みずほFGの事例のように、まずは部門単位で並行導入を進めます。そのうえで、スキル共有基盤の構築をあとから検討する順番のほうが現実的かもしれません。
社内にコツを持った人がすでにいる場合は、その人の手順を一つだけ言語化してもらうところから始めるのが現実的です。743件を目指す必要はありません。まずは一つのスキルが、他の誰かの業務時間を減らせるかを確認する。それだけで、属人化を解消する取り組みが動き出したことになります。
今週中にできる行動は3つに絞れます。1つ目は、社内で「AIをうまく使えている人」を一人思い浮かべ、その人の手順を15分だけヒアリングすることです。2つ目は、その手順をClaude CodeやChatGPTのカスタム指示として書き出し、別の人に試してもらう工程です。3つ目は、試した人の作業時間がどれだけ変わったかを、感覚でいいので記録することです。
数値化された効果測定は、あとからいくらでも精緻にできます。まずは一つの手順を、一人の頭の中から外に出す。エクスペリサスの743件も、127体のエージェントも、最初はきっと一件から始まっています。59名という小さな組織でここまで積み上げられたのなら、自社の規模で再現できない理由はないはずです。
まとめ
エクスペリサスの事例が示していたのは、AI活用の成果を「使い方がうまい人」に依存させない仕組みでした。
- 社員・業務委託59名を対象にClaude Codeを全社導入(2026年7月〜8月に研修実施)
- 社員が確立した手順を「スキル」として蓄積し、他の社員のAIがそのまま実行できる基盤を構築
- 8月末時点で45名が743件のスキルと127体の業務別AIエージェントを登録
- 非エンジニア職の53%が日常的に活用し、69%が「所要時間半分以下」と回答
- 属人化の解消は、743件を目指す前にまず一件の手順を言語化することから始まる
自分のスキルを一つ書き出してみただけでも、頭の中にあった判断基準が言葉になる手応えを感じました。エクスペリサスも最初から743件あったわけではなく、誰か一人が最初のスキルを登録したところから始まっています。あなたの会社にも、きっと「あの人に聞けば早い」という手順が一つはあるはずです。まずはその一つを、今週中に言葉にしてみてください。

AIを使いこなせない方は、この先どんどん差がつきます。僕はAIエージェントを毎日動かして、壊して、直して、また動かしてます。そういう泥臭い実践の記録をここに書いてます。理論は他の方にお任せしました。僕は動くものを作ります。朝5時に起きてウォーキングしてからコードを書くのがルーティンです。


